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  OB・OGの方々、父母の方々をはじめ同志社ラクロス部関係者の皆様、いつもあたたかいご支援、ご声援をありがとうございます。

 四六時中ぶりっこしているゆか(文情3)からバトンを受け取りました、矢野圭祐です。これまで何回も「次ブログまわすわ!」と言われては、「ごめん無理」と断っているといつのまにか回生のトリを飾るはめになってしまいました。とても後悔しています。

  主将のひろみ(経3)から始まった3回生のブログも後半になるにつれて皆ふざけだしているので、トリだということもあり真面目なブログを書こうと思います。何を書くかかなり迷ったのですが、僕がラクロス部に入って今にいたるまでについて書かせていただきます。拙い文章ですが最後までお付き合いください。

  1回生の春、もともとラクロス部の存在は知っていたものの、大学生を楽しみたかったのでとりあえずサークルの新歓に行きました。新歓や合宿はめちゃ楽しかったのですが、スポーツ時のサークル特有ゆるゆる感が嫌で、ガチでできるラクロス部への入部を考えました。しかしサークルの新歓を楽しんでいた分、他の人よりも入部時期が2ヶ月程遅れてしまい技術が追いつくまでに苦しい思いをするのは予想できたので入部をためらっていました。そんな時、ふと横を見ると苦しい苦しい高校野球時代を共にした石橋(経3)と三好(社3)がいました。石橋はどうしても入りたかったらしいスキューバーダイビングサークルの選考に落ちて路頭に迷っていたところを、三好は(サボりの代名詞となっている今では考えられませんが)「サークルはガチちゃうからおもんないわー」と言っているところを捕まえて3人で入部しました。予想はできていたもののみんなより下手という状況は精神的にきつく、怪我も重なり一時期は退部も考えました。そんな頃、同回生が悲願のウィンター優勝を果たしました。ベンチに入っていなかった僕はその輪に自分がいないのがとても悔しく、4回生時のリーグ戦で関西制覇を目指す時には絶対に自分もその輪の中に入れるように頑張ろうと決意したことを覚えています。

  あれから2年が経ち、正式なリーグ戦で関西制覇を目指すことはできない状況となりました。それが決まった当時は自分がラクロスの最終目標としていたものを失い、どうしていいかわからない状態でした。しかし今では多くのミーティングを重ね、仮想リーグや後輩育成など部全体で決めた目標があります。さらに日々自主練習に励む2回生やウィンター優勝という目標に向けて頑張っている1回生を見ていると、最高学年の僕たちが止まらずに1番頑張らなければならないと思わされます。今年はラストイヤーなので引退時に悔いが残らないように、また後輩たちのために同志社大学ラクロス部になにか残せるように全力を尽くしたいです。

  最後に、先ほども名前がでた平城高校野球部同期の三好と石橋について紹介して終わろうと思います。まずは、野球部、高2、高3のクラス、塾、大学、学部、ラクロス部と何から何まで僕と一緒の三好です。彼は一言で言うと「メンタル最強人間」です。高校のときから愛されキャラというか、いじられキャラというか、いじめられキャラの三好ですが、よく「高校は楽しかった!戻りたい!」と言っているのでその度に三好のメンタルの強さを実感させられます。くされ縁がすごい三好とはなんとか違う企業に就職したいものです。次に部内でもサイコパスの呼び声高い石橋です。高校のときははしゃぐタイプではなかったのですが大学に入り、飲み会で一発ギャグを披露し、カラオケで全裸でアニソンを熱唱したという噂からすると、大学入学をきっかけに何かが彼を変えてしまったことは確定でしょう。大学デビューの悪い例です。

以上で彼らの紹介を終わりとさせていただきます。 ここまで長く拙い文章にお付き合い頂きありがとうございました。

  次は4回生のやすさんにバトンを回させていただきます。やすさんお願いします! 

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このページは、同志社ラクロスが2018年12月12日 01:11に書いたブログ記事です。

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