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一生の財産

OBOGをはじめ同志社ラクロス関係者の皆様、新年あけましておめでとうございます。そして、日頃よりあたたかいご支援・ご声援をありがとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。


他の部員がすでにふれており、多くの方がご存じかと思われますが、2017年度にコンプライアンス違反を起こした結果、昨年、今年とリーグ戦に出場することができませんでした。そのため、私たちは2018年度、仮想リーグを組み、全勝することを目標として日々努力してきました。

しかし、結果は仮想リーグ初戦敗退と目標に届くことはできませんでした。応援していただいた方々の期待に応えることができず非常に申し訳なく、悔しい結果に終わってしまいました。

この悔しさをばねに本年度は後輩たちが3部リーグで活躍すると信じているので、引き続き同志社大学男子ラクロス部への熱い応援かさねてお願い申し上げます。


さて、新年の挨拶を終えましてブログを書かせていただきますのはこの私、中から高越えて大学までがストライクゾーン。ラクロス部一のロリコン守屋(政策4)からバトンを受け取りました、商学部商学科4年生の田中友基と申します。守屋といえば高校のとき、私にタナッキーというこのガタイに合わないかわいいあだ名をつけてくれた名づけ親ですが、今となってはその影もなくバイト先の後輩に手を出し続ける毎日。。あのときの無邪気な彼はどこへやら。。


と、まあ余談はさておき、一昨年もちょうど同じ時期にこのブログを書かせていただいた私でありますが、時がたつのは非常に早いもので、後3ヶ月で就職を控える大学4年生になってしまいました。そんな私、二年前はただただラクロスが楽しかったため、米国のラクロスショップについてブログに書いていましたが、おそらく今回でブログを書くのが最後になってしまうので、今回はそれっぽく私がラクロスを始めた経緯や一緒にラクロスをした最高の仲間のことなど、私のラクロス人生を振り返りたいと思います。


私は就活において、Q.「ラクロスを始めたきっかけは何ですか?」A.「憧れの先輩がいたからです!」と決まり文句のような回答をしておりましたが、全くの嘘で、中山(経済4)が変な棒を持ちながらいきがっているのを見て、「そんなもん誰でもできるやろ。」と思い、練習にロリコン(政策4)とひやかしに参加したのがきっかけでした。

しかし、そこでいきなり左クローズをさせられ、高校からラクロスをかじっていた今はなき彼に怒られ、中田翔と消防士を目指すはずだった筋肉に「厚切りジェイソン」に似ていると言われ、そこからあだ名がジェイソンになり頭が混乱したまま練習が終わった後、毛呂さん(2017卒)に「厚切り、お前はいるやろ?」という問いに「はい。入ります」と即答していた私がいました。

ひやかしにきたはずの私が、新たにできた仲間とともに、クロスを持ちパスキャをした瞬間、サイコパ、いや何かに目覚めたような感覚になり、それからラクロスが楽しくて楽しくてふたを開けてみれば入部していました。


このように私のラクロスを始めたきっかけは他の部員のような熱く語れるようなものではなく、きわめて幼稚なものでした。ですがあの時、即答したことに対して後悔したことは一度もありません。そのように思えるのも2019卒の仲間の存在あってこそだと私は常に思っています。


過去に多くの部員がふれている通り、この部活には変な人が多いと思います、おそらく自分も含め。。自ら鍋に眼鏡をぶち込む人、やたらポジション別MTGで陰部をさわる人、急に南米に行く人、1on1で黒目だけになる自分。様々な人がいますが、それだけ個性的な分、様々なシチュエーションで仲間に支えられ、練習中はもちろんのこと、プライベートもとても充実したものとなりました。

いつのまにか、高校の時までは苦痛でしかなかったあの長い田辺坂が大学になり二倍の距離を上る必要があったにもかかわらず、苦にならなくなっていました。いや、苦ではありましたが、それ以上に仲間と一緒にラクロスが出来る楽しさのほうが強かったです。

剛輔(法政4)も載せていたこの写真を見返しても思いますが、このように若干一名を除く全員(彼普段はものすごい笑顔なんですがたまたまこのときは風が当たっており笑。。)が笑顔でいられる部活に所属できたこと、一生の財産だと私は感じでいます。

ラクロス仲間.jpg

そんな仲間と共に戦ってきた4年間でしたが、私はラクロス人生で後悔していることが2つあります。

1つは4年間で一度もリーグ戦に出場することが出来なかったこと。

そしてもうひとつは、就職活動の関係で4回生最後の引退試合(学年対抗戦)に出場することができず、最後の集合写真に写っていないことです。

後者は、引退試合の話題がでたときにお得意の愛想笑いをかましておくだけで過ぎるため、あまり痛手ではないのですが、前者はもっと練習して2回生のときにベンチ入りしていれば。と引退した今、毎日のように後悔しています。

後輩へ。

この後悔を後輩にしてほしくない。とかいう上から目線のようなことを私は言う資格はありませんが、後輩がもし私のブログを見てくれているのであれば、この後の文章なんか読まず今すぐ壁に向かってほしい。

いまそのスマホをいじっている時間、もし自主練をしていればもう少しうまくなっていたかも。。って思うときがいつか来ないためにも、今全力で自主練をしてほしい。

普段の練習だけでは絶対にうまくなれない。逆に普段の練習だけでもうまい人はプラスαで自主練習をすればそれ以上にうまくなると思う。もしこのブログを呼んでくれているのであればぜひ自主練習の機会を増やしてほしいと思う。

本当は今までありがとうとか書くべきなのかもしれないが、もっと練習をしてほしいというのが私の本心であったため、このような内容を書かせてもらいました。余計なお世話だったら申し訳ないです。


おそらく後輩からめんどくさいと思われたところで、私のこの長い文章を終わらせていただきたいと思います。長く稚拙な文章にお付き合いいただきましてありがとうございます。今まで本当にありがとうございました。


次にブログを書きますのは、我らが2018体育会男子ラクロス部のDFリーダー、MTG中陰部いじりの張本人であり、我の塊ともいえるこのお方、むっつりスケベの代名詞、京希(政策4)でございます。

ノンちゃん頼んだ!

ラクロスに対する想い

 OB・OGの方々、父母の方々をはじめ、同志社ラクロス部関係者の皆様、いつも温かいご支援ご声援を賜りありがとうございます。 
 森田実和(社3)からバトンを受けとりました3回トレーナーの山下くみ子(社3)です。 彼女は私のことを同志社ラクロスで選手含めて誰よりも男前な性格だと思っているそうですが、本当にそんなことはないです。上手い返しを考えましたが、全く思い浮かばなかったので、ただ否定させていただきます。(笑)

 私はラクロス部に入ったきっかけ、ラクロスに対する想いについて書かせていただこうと思います。

 大学に入学してから何をしようかと考えたときに、4年間通して何かをやり遂げたいという思いから部活をするか、高校の時に2週間、語学研修でイギリスに行ったのですが、相手の言ってることは分かっても、英語で自分の思っていることを伝えることが出来なかった自分の不甲斐なさから、もう1度勉強し直して留学をするかのどちらかをしようと思っていました。新歓時期にさやこさん(法4)に声をかけられ、ラクロス部の新歓に行こうと思いました。当時、スタッフ会は京田辺キャンパスでしか行われてなかったので、学部が今出川キャンパスの私は周りの友達はサークルの新歓に行くので、1人で京田辺キャンパスに行きました。今思えばなかなかの行動力だと思います。1人でドキドキしながら田辺坂を上がったのを今でも覚えています。それほど緊張していました(笑)
 スタッフ会では同期トレーナーの遥(スポ健3)と出会いました。遥と私は同じテーブルで当時主将だった毛呂さんから熱い話を聞いていたことを覚えてます。内容はすみません。覚えてないです。(笑)
 話の内容は覚えてないですが、こんなに熱い人がいるラクロス部に興味を持ちました。私は中高女子校で、部活は6年間琴部というスポーツ、勝ち負けとは無縁な環境でした。そういう環境だったからこそ、毛呂さんの印象が強く残ったんだと思います。
 同立戦を見に行き、ラクロスというスポーツを初めて見ました。ボールがどこにあるのか分からなくなるほど、スピード感があって、接触プレーもあり激しいスポーツに衝撃を受けました。ラクロスってかっこいい!!!と純粋に思いました。部活の雰囲気も良さそうで、他の新歓にも行かず即決で入部しました。
 
 即決で入部を決めてラクロス部に入ってから月日も経ち、もう4回生になります。サマー敗退、ウィンター優勝、2部降格、あかつきカップ優勝、リーグ戦辞退、濃い3年間だったと思います。自分自身、色々と考える機会も多くありました。部活を辞めたいと何度も思ったこともあります。活動自粛中は、まだ2回生だから部活を辞めて、留学をするという選択肢もあるのではないかと本気で悩んでいました。そんな中、活動自粛中にあいごん(社3)とこんちゃん(政策3)に誘われて一緒にリーグ戦を見に行きました。リーグ期間中に他の大学の試合を見に行くことはないので、活動自粛で自分たちは立ち止ったままなのに、他の大学はリーグ戦の真っ只中で前に進んでいるという状況に違和感を覚えました。その日見たのは、関学と立命館の1部の試合と当時2部だった京大の試合でした。試合観戦でこんちゃんから私たちと同期の2回生プレーヤーが出ていることを教えてくれたので、リーグ戦に2回生で出ているということから自然とそのプレイヤーを目で追っていました。同じ2回生プレイヤーがリーグ戦で活躍している姿、試合を見て、ラストイヤーが3部リーグだとしても、同期が活躍している姿、良いプレーをやっぱりそばで見たい!ラクロスってかっこいい!!!と強く思いました。いつの間にかラクロスというスポーツに魅了されていたのだと思います。同期が多く選ばれていたこともあり、youthやRの試合に見に行ったり、他の大学のリーグ戦も見に行きたいと思ったり、ラクロスというスポーツが好きなんだと思います。プレーをしていなくても人を熱くさせてくれるラクロスはとても魅力的なスポーツだと思います。辞めたいと思っても、辞めない理由は、ラクロスが好きだということが大きいと思います。

 でも、ただラクロスというスポーツが好きだということだけではなく、周りの存在も大きかったと思います。個性的な8人の同期スタッフ、特に同期トレーナー3人の存在は大きいです。色々と迷惑をかけているけど、根気強く付き合ってくれてありがとう。ラストイヤーもよろしく!また、やりたいことを好きなことを自由にやらせてくれる両親にも感謝しています。ありがとう。
 ラストイヤー、やりきりたいと思います。

 これまで私の拙い文章にお付き合い頂きありがとうございました!
 次は仲が良いことが意外と言われますが、意外と2人でご飯に行っている有彩(文情3)にバトンを回したいと思います!みんなから人の話を聞いていない、いつも眠そうといじられる彼女ですが、実は自分の意思をちゃんと持っているという、しっかりしている一面もある有彩のブログに期待してます!有彩よろしく~!

OBOGの方々、父母の方々をはじめ同志社ラクロス部関係者の皆様、いつも温かいご支援、ご声援をありがとうございます。割と仲のいい中田知之(法3)からバトンを受け取りました、3回生でプレイヤーをしている田中裕貴と申します。秋田さん(社会3)が中田君(法3)にブログを回した時、もしかしたら次は自分に回してくるんではないかなーと思っていたら本当に回してきたので、割と仲がいいんだなぁと実感しました。

 ブログに何を書こうか迷いながら、みんなのブログを見ていたら親に関する話や、親へのメッセージを最後の方に書いてるのを見ました。高校生の終わり頃から、親にきちんと自分は感謝を伝えたことがないなと感じていて、そのことを思い出しました。なので今回は自分の両親について思ったことを書きたいと思います。

 思い返せば昔から自分は親にきちんと感謝の気持ちを伝えたことはなく、してもらってることが当たり前だと無意識に感じていました。母の日や父の日、誕生日までもおめでとうと言うだけで、何かプレゼントしたりはしたことがなかったです。家の手伝いも滅多にせず、部活学校遊びアルバイトに行ってばかりです。そんな自分に親はご飯も作ってくれるし、部活でかかる費用も半分以上出してくれています。1度だけきちんと言ってみようと思った時があります。それは成人式の時です。成人式で高校に集まった時、校長先生の話で「親にお礼をきちんと言ってみてください」とおっしゃいました。じつはその言葉を校長先生がおっしゃったのは2回目で、1回目は高校の卒業式の最後の話の時でした。その時は恥ずかしくてとても言えないと感じましたが、少し大人になった2年後はなんて言おうかかなり考えました。みんな言ってるものなのかなと思い、仲の良かった友達に聞いてみました。するとびっくりするくらいすごいセリフを言っていて、自分は絶対言えないだろうと思いました。そしてタイミングも見つけられず、恥ずかしさもあり言うことはできませんでした。

次に言えるタイミングは大学の卒業式です。その時には、照れずに胸を張って友達ほどは無理だけど、両親に感謝の気持ちを伝えたいと思います。そのために単位はしっかり取り切って、ラクロスも就活も納得する形でやり切りたいです。同志社ラクロス部は新チームになって体制も段々整ってきています。自分も残り1年、できる限りチームに貢献できるように頑張っていきたいです。

次は僕と最近ラーメンを食べに行ってくれた、回生の中でもトップクラスにおもしろいゼヨこと中原君(法3)にブログを回したいと思います。短い文章でしたが、読んでいただきありがとうございました。

ネオ・ラクロッサー 上茶谷大成(商・3)

五臓六腑を焼き尽くすような暑さが、ようやく過ぎ去り、空も秋色をおびてきました。

  オレンジ色の空は、まるでラクロスボールが無数に並んでいるようで、私は見上げる度に、仲間をはじめ、OBOGの方々、父母の方々、そして同志社ラクロス部関係者の皆様の温かいご支援と、ご声援に囲まれてプレーしているのだなと思う所存です。ありがとうございます。


 さて、加奈子(同女・看護3)から襷を繋いだわけですが、2年程前に、加奈子が一度だけ合コンを開いてくれたことがあります。(加奈子はあくまで仲介役です)後日、僕は合コンで仲良くなった女の子と映画デートに行くことになりました。しかし、僕は、そのデートにラクロスのジャージで行ってしまいました。今思うと、最悪のドレスコードです。なぜ、当時ジャージで行ってしまったのか定かではありませんが、彼女の死んだような顔だけははっきりと覚えています。「四月は君の嘘」という映画を見たのですが、僕たちの関係も噓のままでした。幻滅させてしまった彼女と、恋のキューピットにしてやれなかった加奈子、ごめんなさい。


それでは、本題に入らせていただきます。例によって僕も真面目な話をさせていただきます。

よく、季節の変わり目は心の変わり目だと言いますが、今はそれに加えてチームの変わり目であり、人生の変わり目でもあります。チームの方針を変えたり、就職活動を始めてみたりといよいよ"大人"になってしまったんだと感じるばかりです。

大人の階段を上っていると、まざまざと感じさせられることがあります。それは「親の偉大さ」です。


僕の父親は居酒屋の大将をしています。僕は中学、高校と野球部に入っていて、夜がメインの父親と時間が合わず、あまり接することがありませんでした。大学に入ってから塾の講師のアルバイトをしていましたが解雇されてしまい、父親の居酒屋でアルバイトをすることになりました。アルバイトを始めて間もない頃に、元相撲取りの社員さんに「働いているときの父親はどんな感じですか?」と聞ききました。すると間髪入れずに「大将はかっこいいよ」と言われました。かっこいいってどういうこと、と当時は思いましたが今では何となくわかる気がします。うまく言い表すことはできないけれど、良いところも悪いところも、僕をこれまで育ててきてくれたことも、全部含めてかっこいいんだなと思います。


2年以上アルバイトを続けてきましたが、父親と同じ職場で働けていることはとてもいい経験だなと思います。同時に、今まで触れ合う機会が少なかった分、少しは親孝行になっているのかなと思います。そういう意味では、ラクロス部の良い点として"ダブルワーク"ができることがあります。基本的に午前で終わるので、それぞれがやりたいことをラクロス+αでできます。

僕は今後も父親のもとで働き、ラクロス部での日常を話したりして親孝行をしていきたいと思います。これまでに存在しない、ラクロスと親孝行を両立させた新種のラクロッサーでいたいと思います。いわば、"ネオ・ラクロッサー"です。


居酒屋で働いていると、部活のOBの団体が来て、昔話をとても楽しそうに話しているのを見ます。僕はそれを見る度、羨ましく思います。みなさんにもふと、ラクロスの思い出にふけりたいと思う瞬間があるのではないでしょうか。



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  僕も上のようなラクロス始めたての頃の写真を見ていると、昔と今では何が変わったのか、他愛のない話から、熱い話まで色々語らいてみたいものです。普段話さないようなやつとも、ラクロス談議に花を咲かせたいです。


後輩のみんなも先輩への不満が溜まっていることと思います。僕は昨年、先輩の○さん(名前は伏せています)から圧力を受けていた時、○さん(名前は伏せています)の悪口を永遠に言っていました。溜め込むとプレーにも影響してくるので、吐き出してスッキリさせるべきです。是非ご飯へ行きましょう。

またOBOGの方々、父母の方々、同志社ラクロス部関係者の皆様も旧友と久々に会って話したいな、茶でもしばきたいなと思うことがあると思います。


そんなときは、ぜひ「居酒屋上茶谷」へいらしてください。チルアウトするもよし、多少フラッグダウン(ハメを外す)していただいても結構です。


最後に、この場をお借りして、引退してもなお、僕たちのためにブログの運営を続けてくださっている廣本まもるさんには心から感謝を述べたいです。ありがとうございます。


次は、元陸上部の秋田さん(社会3)に襷を繋げたいと思います。秋田さんは、上品で且つ可愛いので密かに想いを寄せている相手です。秋田さんよろしく!



P.S.

http://kamichatani.com/





強い同志社を見せる

OBOGの方々、父母の方々をはじめ 同志社ラクロス部関係者の皆様、いつも暖かいご支援、ご声援を賜り ありがとうございます。一回生のことをこよなく愛する三回生MG屋宜優花からバトンを受け取りました原野慎之介です。彼女とはラクロスのことについて多く語り合ってる仲で、無理なお願いも聞いてもらっています。なんやかんやその都度感謝しています。ありがとう!


ここから本題に移らせていただきます。8月の上旬にAチームが神戸大学に惜敗し、一つの形として合宿をもって4回生(学生コーチを除きます)が引退しました。その合宿中、3回生とBチームのコーチ陣を交えてミーティングと今後の同志社について書かせていただきます。ミーティングの議題としては「これからの練習をどのように進めて行くか」というものでした。ABを改めて分け練習するのか、今までのAB分けのまま練習をするのか、色々な意見が出ました。しかし、2日に渡りAB関わらず各々の意見を出す中で、このミーティングの核心が見えてきました。それは「強い同志社を見せる」という2018年のチーム目標の一つが宙吊りになっているということです。Aチームが負けてしまった今、Bチームがその目標を担うのか、それとも来年の強い同志社を作り上げるために早めから準備するのかの二択でした。どちらも並行して行うという意見も出ました。しかし、それではどこかでまた綻びが生じ、もう一度この問題にぶつかると皆、心のどこかで分かっていました。

僕自身、仮想リーグ前のAB分けでAチームに入ることができず、この夏までBチームGとしてやってきました。しかし、それは今までの努力が足りず、ライバルに負けてAチームに入れなかった自身の責任。そのBチームがリーグ戦を戦いたいから、という理由だけで果たして来年の強い同志社を作り上げる時間を削っていいのか。それだけの覚悟があってBリーグに向かっているのか。チームメイトのその言葉が胸に刺さりました。そして同時に返す言葉が見つかりませんでした。Aチームが仮想リーグ戦に向けてやっていた熱量と同じ熱量でBリーグに向かっていたのかと言われると、自信を持って「はい」とはあのミーティングのその瞬間は言えなかったです。他大のビデオを通しで二、三回見てスカウティングした気になり、アフターでショットを受けただけで練習した気になり、すべてが甘かったと感じました。おそらくそう感じたのは僕だけではないと思います。

最終的にはBチームが上手くなることも来年の強い同志社にもつながるという結論のもと、Bリーグ優勝で強い同志社を見せていこうと方針になりました。


ブログという場で大変申し訳ないのですが、ここからは今Bリーグを共に戦っている二、三回生に向けて書きます。(二回生はこのミーティングに参加してないので)

あるチームメイトも言っていましたが、自分たちにはもうBリーグしかありません。そして自分たちは、来年の準備時間を削ってまで期待されて今回のチャンスをチームからもらいました。このチャンスを「あー今年もダメだったか」で終わらせた今まで通りです。自粛期間から這い上がり、強い同志社を見せれるのは自分たちがBリーグ優勝することです。今までは幸い全勝でむかえています。しかし、勝負はここからです。強豪との連戦に打ち勝って関東に乗り込みましょう。


長々と稚拙な文章にお付き合いいただきありがとうございました。Bリーグは15日、17日、23日試合予定ですので、SNS等の試合情報をもとに応援していただけると幸いです。僕のブログはここまでにして、次はグランドを縦横無尽に駆け回るピカイチTRこと、はるかに回したいと思います。はるかよろしく!

同志社ラクロスと1回生

OB・OGの方々、父母の方々をはじめ 同志社ラクロス部関係者の皆様、いつも暖かいご支援、ご声援を賜り ありがとうございます。1回生のことを1番気にかけてくれている 新チーム DFリーダーの山口 一真からバトンを受け取りました、屋宜 優花です。OB渉外担当として、特にOBの皆様とは 1番近くで関わらせて頂く機会が多く、同志社ラクロスは自分の想像を超えるほどのたくさんのOBの方々から愛されているということに気づかされました。私は その大きな力を現役チームにもっと還元して、現役チームからもOBの皆様へもっと感謝を体現し、これからもっと大きく、現役を引退しても ずっと同志社ラクロスを愛し、OBとして、いつの時代の現役チームも全力で応援できるような 組織を作っていきたいと考えております。その小さな基盤づくりのためにも、新チームでは、OBの皆様にはこれまで以上に 気軽に応援に来て頂けたら、、、と考えております。至らないところが多いかと思いますが、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

さて、導入が長くなりましたが、私は愛してやまない 1回生のことについて、書かせて頂きます。私は今年、1回生の育成担当として、4月から1回生に帯同しております。正直、リーグ戦辞退が決まり、活動自粛期間を経てからは、 自分自身のそれまであった 指針が見えなくなってしまい、大変 苦しみました。そこで現れてくれたのが今の1回生です。
1回生が入部する前から、様々なことを考えていた 現1回生コーチの 1回生に対する熱い想いに刺激を受け、プレイヤーをやめて 他の同期が引退していく中で残りのラクロス人生を 1回生に捧げようと決意した 1回生コーチをウインターという舞台で絶対に胴上げしてこの部から 送り出そうと心に決めました。そのためにも MGという視点から、プレイ面はコーチにお任せして、プレイ面以外の組織づくりや実は1番難しい 当たり前のことを当たり前にできる精神を育て、胸を張って同志社ラクロスという組織に送り込めるよう、自分にしかできない育成を行ってきました。現一回生は何事にも純粋に受け止めてくれる子たちで、私が言うことが全てというようになってしまわないか 少し心配していましたが、最近では 個々がしっかり確立され、類を見ない程に最強な組織となりつつあり、毎日毎日 1回生のことで 夢中になっていたら もうサマーを迎えます。大変な状況にあった このラクロス部を選んでくれて、入部当初は右も左も分からなかったような1回生が、これまでにそれぞれ大きな壁に直面し、しんどいことや辛いことを乗り越えて、日々一生懸命な姿を見ると 私自身も負けていられないと日々の育成に力が入ります。
私個人のMGとしてのポリシーは『誰よりもキャパのあるMGになること』なので、1回生に負けないように 毎日頑張っていきたいと思っております。
そして、1回生スタッフとはオンオフの切り替えを大事にしています。オフの時には同期のように接し、とても仲が良いです。(と思っています。笑 ) その代わりにオンの時には 同志社ラクロスという組織に入った時に絶対に恥をかかないよう、スパルタ教育と言われるほど 厳しく指導しています。今から組織に入って、一緒に仕事をすることを楽しみにしています(笑)

想いを綴っていると止まらないので、私のブログはこの辺で終わらせて頂きます。何が言いたいのか自分でも分からなくなり、拙い文章となりましたが、お付き合いありがとうございました。次は、おちゃらけて見えるけれど、実はチームで1番人格者だと信頼している、Gのしんのすけにバトンを回したいと思います!しんのすけよろしく!!

ルーティンワーク

 OBOGの方々、父母の方々をはじめ同志社ラクロス部関係者の皆様、いつも温かいご支援、ご声援を賜りありがとうございます。

同じDF仲間の堂元大生君からバトンを受け取りました、新年度DFリーダーを務めさせていただきます山口一真です。

パスカットを意識しすぎてショットまでもカット出来るようになりました。メッシュの寿命が心配です。

 大生とはラクロストークだけでなくオフの日に車を出して海に行って釣りをしたり、銛突きをしたりなど練習外でもお世話になっております。釣った50㌢程のツバスを2人で捌いて料理したのは良い思い出です。

 さて、仮想リーグに初戦で敗退してしまい大きく成長したはずの同志社を勝利という形で、いつも応援して下さる皆様や他大学のチームに見せつけることが出来なかったことに、申し訳なさと悔しさが募る一方です。

 初戦敗退と同時に4回生は引退、かなり早いですが新チームは始動しています。来年に向けて、さらに一部リーグで優勝し長期的に強いチームをつくるために、技術面・組織面でも日々成長し続けなければなりません。「敗北を糧に」「悔しさをバネに」とよく言われますが、同志社ラクロス部のどれ程の人間が敗北を糧に大きくなり、悔しさをバネに高みへと進んでいるでしょうか。

 私達は新チームが始動しましたが、他大学はリーグ戦真っ只中。私達は未来に向けてどれ程に濃い夏を過ごせるのでしょうか。その結果は良くも悪くも来年以降必ず結果として表れるでしょう。

 仮想リーグ初戦敗退を通して私が感じたことは、闘う以上必ず勝たなければならない、ということ。

実際のリーグ戦は負けても試合は続き、星取り表で次に進める可能性がありますが、仮想リーグ提案と同時に出たのは、「負ければ引退」という重く常に心にへばり付くような提案。

Aチームにいた私は日々このパワーワードに取り憑かれながら過ごしていました。サブポジションリーダーという役職、クロスを振れば振るほど痛む手首、練習内でのパスミス1つへの自責の念、仮想リーグ戦直前での人生初めての軽い肉離れ。全てが焦りに繋がり、不安で押し潰されそうになりました。

しかしAチームにいる以上、個人の力を精一杯チームに捧げなければなりません。勝利に捧げなければならないのです。

チームスポーツと言えど、結局は個人力が必ずベースとなるはずです。個人個人の練習を通した成長が必ずチームへの勝利に繋がるのでしょう。「練習でやってきたことをやれば勝てる」と、これもよく言われるフレーズですが、最も難しいのが練習でやってきたことを試合で発揮する事だと思っています。

 練習試合を客観的に観てみても、練習でやっていたことを発揮できている試合は、良い流れで勝ち切れています。しかし、噛み合わない動きやパスミスの多さ等、明らかに流れの悪い試合はあります。グラウンド状況や、個人のコンディションの悪さが原因であったりするものの、これは練習でやってきたことが発揮出来ていないからではないかと私は感じていました。

練習でやってきたことをブレを作らずに試合で発揮するためにはどうすれば良いのだろうかと考えた結果、練習と試合で同じ動きをしていれば同じパフォーマンスが発揮できるのではないかという結論に至りました。

つまり、ルーティンワークを行えば良いのではないかということです。ルーティンワークとは(手順・手続きが決まりきった作業。日課。創意工夫の必要ない業務。引用:実用日本語表現辞典)という意味でありますが、イチローや本田圭佑などのスポーツ選手も取り入れている毎日行う動作、習慣付けられた動作であり、毎日の練習で習慣付けられた動作を試合前にも行うことで、パフォーマンスのブレが少なくなるのではないかという考えの下取り入れることにしました。そんなもの関係ないという人は参考にしてもらわなくて結構ですが、私自身実際に一回生の頃からルーティンワークを取り入れていますが、ルーティンワークを行うというだけで自信がついたり安心感があったり、特に今回のリーグ戦や選抜の選考員のいる試合等の本番に強くなるという面ではオススメしたいと思います。

ルーティンワークの内容は、「靴紐は必ず右から結ぶ」「朝決まった音楽を聴く」「クロスを〇〇回振る」等何でも良いと思うので、取り入れてみてはどうでしょうか。

私のブログは以上ですが、チームへの熱い思いや、私なりの考えが上手く伝わっていれば幸いです。ここまで拙い文章ですが、お付き合いありがとうございました。

次は一回生育成担当の内の1人であるMG優花に回したいと思います。良い意味でも悪い意味でも出しゃばる彼女ですが、一回生を我が子のように愛し熱い想いを秘めています。OBOGの方々との架け橋いつもありがとう!優花熱いブログよろしく!!

今年の目標


OBOGの方々、父母の方々をはじめ同志社ラクロス部関係者の皆様、いつも温かいご支援、ご声援を賜りありがとうございます。


更新が遅くなり本当にすみません。

部活一熱い男近藤君から紹介に預かりました堂元です。

彼がこないだSDFとしてDFの反省に入っていた時、のんさんから普通に怒り口調で「さっきも言ったやん。」と怒られているにもかかわらず、全く動じず「せやなせやな。」的な反応をしていて、僕はビビリまくってるのに、やっぱし普通にすごいなと感じました。笑そうゆうところがラクロスのプレーにも現れているんやなと思いました。褒めてるんやで!笑


僕は別に大学に入ってラクロスをしようとは全く考えていませんでした。元々、高校の時のサッカーのつながりでこんちゃんに誘われたのがきっかけでした。「絶対おもろいからやろや」とゆわれ、体験会に行くも遅刻して何もできず、その後けんすけさんに熱く語られたのに圧倒されて自分も何かやったほうがいい気がして入ることにきめました。しかし結局クロスを一度も触ることなく入部式を迎えました。


初めての練習は久御山でした。ポートラクロスが始まるもルールもイマイチ理解してないまま入り、パスミスを繰り返すと、ダイスケに「お前下手くそやねん」的なことをゆわれ、まじでなんやこいつと思ったことを今でも覚えています。今ではいい思い出です笑。この時は正直そんなに本気でラクロスに取り組むつもりはありませんでした。


とはゆうものの、理系で田辺校地だったのでグランドに上がって自主練をした時がありました。その時に、こうじさんと辻さんがショット練をしておられ、それが終わりはったあと細かいことまでは覚えてないのですが、こうじさんに「本気で一週間頑張ったら世界変わるで」的なありがたい話をしてもらい本気でラクロスに取り組もうと思いました。詳しく覚えてなくて、すみません笑

その夜、自分だけ話を聞いてなんか抜け駆けするのが悪い気がしたので、「ちょっと本気でやろや」とこんちゃんに電話した気がします。思えばここからラクロス漬けの生活がスタートしました。夏休みは朝から晩までグランドにいてずっとクロスを振っていた気がします。


そんなこんなでスタートしたものの、3年間を振り返ってみると挫折がとても多かったです。サマーの敗戦、ユースに落選、あかつきカップ、など振り返ると涙あり、心が折れる時期がありました。その度に一ヶ月ほどラクロスに熱が入りませんでした。今思うと本当にもったいないことをしたと感じます。四年間の短い期間でそれだけの時間を無駄にしたことを後悔しています。これからは挫折することがあってもそこから早く立ち直れるようにします。後輩には、挫折があってもめげずに頑張ってほしいです。


次に僕の今後の目標について書きたいと思います。大目標は仮想リーグで全勝すること、これは今年成し遂げられなかったからこそ自分たちの代では必ず成し遂げます。小目標は点を取れるDFになることです。日頃の練習からOFの方にも積極的に入って仕掛けられるロングになります。


「初心を忘れない。」

振り返ってみると昔の方が真剣に取り組めていました。一回生の時は昨日できなかったことが今日急にできるようになったり、一ヶ月間の努力で一度負けた相手に勝てたりととても刺激的でした。なので、ここからの一年、刺激的なことを探しながら日々努力し初心に帰ってサマーやウィンターの時のように本気でラクロスに取り組みます。


最後にこの場をお借りして両親に感謝の言葉を言わせてください。いつもありがとう。


ここまで拙い文章ですが、お付き合いありがとうございました。


次は我らが新米DFリーダーで、最近ショットカットにはまっているかずまにバトンを渡したいと思います。

グッピーよろしく!!!



U22に俺は

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OB・OGの方々、父母の方々をはじめ同志社ラクロス部関係者の皆様、いつも温かいご支援、ご声援を賜りありがとうございます。

 激アツな高校サッカー生活を共に過ごし、得点力で助けてくれた頼もしい後輩だった現在同期の守沖(商3)君から紹介預かりました近藤です。高校時代学校生活では問題児でありましたが、部活にだけは真剣だったので安心してください。ギャップ萌えです。

 自分はモチベーションの話を書こうと思います。これは私の高校時代の部活で最も悩み、苦しんだことでもあります。私の高校のサッカー部では春引退と夏引退というものがありました。大学受験もあるため、部員それぞれが春の大会で引退するか夏の大会で引退するか決めることができるもので、勿論家庭の事情で良い大学にいかなければならない、浪人できないなどの理由の人はいましたが、多くが部活へのモチベーションが低い人達が春引退でやめていきました。私は練習中の声を出そうとか呼びかけたり、試合あとに反省せず帰ろうとする部員を止めたり、部活をこなしているだけの人達をどのようにして練習に集中させるか、モチベーションを上げさすかを考えて行動していましたが、21人程いた部員が残ったのは6人マネージャー2人。後から増えてプレイヤー8人になり、春の引退式には2年半共にやってきた自分たちはこんなもんだったのかみんなとやり切りたかったという悔しさと寂しさから人生で1番泣きました。夏の大会は目標を達成でき、とても良い経験になり浪人したこともこの経験ができたから何一つ後悔はありませんでした。私は春引退する部員たちを変えることはできなかったという挫折と、少なくなったけれど、全員が同じ目標に向かって努力し、その目標を成し遂げたことで一つのことをやりきる、努力する素晴らしさや達成感を学びました。この経験から「熱く」なりたいという理由で入部し、入部の際の面談で大学では周りを変えれる人になりたいと言ったのを覚えています。そして入部後すぐに自分が入部した年の昨年度(2015年度)に主将をされていた岡田昂志さんに出会いました。その昂志さんから言動だけでなく行動で示すことで周りを巻き込んでいく、変えることを教わりました。そこから一回生の頃は必死で練習し、自分がまず上手くなることで自主練の重要性を理解してもらい、少しでも周りに影響を与えれるように頑張りました。また行動による結果がなければ言動にも説得力がないからです。今も結果を出すことは意識していますが正直今自分が周りを変えること、影響を与えることができているか不安です。今はAとBは練習も分かれているので目が届きにくく、接することも少なくなりみんながどんなモチベーションでラクロスに向き合っているか分かりにくいのもありますが、自主練のメンバーはいつも通りのメンツのような気がします。地元の壁で練習しているかもしれないし、自分がきていない時に自主練しているかもしれないので正確には分かりませんし怪我で苦しんでいた人もいます。みんなそれぞれ考えがあり行動していると思いますがまだまだ部活動に対するモチベーションに差がある気がします。自分が練習してどれだけ試合で活躍してもみんなで練習していた一回生の頃ならあいつやってるしやろうとか、負けたくないという思いから周りに影響を与えれたかも知れませんが、別々で練習している今はそのような思いをしなくなるからあまり自分は周りを変えれている実感がないのかも知れません。今年は仮想リーグで一部の大学と試合してゆき、負けたら引退といういつ先輩たちが引退してしまうかわからない特殊な年だと思います。自分は先輩たちを引退させないためにも全力を尽くすつもりですが自分たち三回生はいつ最上回生になってもおかしくない、その自覚と責任を持って過ごさなければなりません。練習が別々だからといって後回しにすれば来年自分たちの代で目標を達することは難しくなるでしょう。今から自分たちが来年を見据えて行動し始めなければ自分たちが立てるであろう''一部全勝''のような大きな目標を達成できないのです。自分は絶対にその目標を「全員で」達成したい。実際試合に出る人と出れない人はでてくるだろう。しかし全員で勝ちに行く、目標に向かうことはできる。試合に出れない、結果が出ないなどの理由で腐ってしまうことは本当にもったいない。目標に向かって必死に努力した日々はたとえ結果がどうであれ充実した自分のためになる日々になると思う。結果が実らなくても、努力した日々は絶対に無駄にならない。自分たちには部活に所属していることで頑張れることが常にある。そして俺たちプレイヤーにはやらなければならない義務がある。スタッフや、自分たちのためにコーチになってくれた人達はいくら勝ちたいと強く思っても実際にプレイするのは、できるのは自分たちプレイヤーだ。勝つためにサポートしてくれている仲間のためにも頑張ろう。ここまで長々と書きましたが、何故ここまでいうのかというと「全員」で後悔なくやりきりたいからです。堂々と大学生活を捧げたラクロス部を誇れるよう頑張りましょう。自分は周りに対して発信も勿論していきますが、自分のラクロスへの姿勢や、プレーなどをみて周りのみんなが何か感じ取り、良い方向に進んでくれたら幸いです。

 拙い文章ではありましたが、ここまで長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

次はラクロス部に所属するもう一人の池田高校サッカー部の問題児であり、泣き笑いを共にした堂元大生(生命3)にバトンを渡したいと思います!こいつとは一生つるむことでしょう!よろしく!

部活に対する思い。

OBOGの方々、父母の方々をはじめ同志社ラクロス部関係者の皆様、いつも温かいご支援、ご声援を賜りありがとうございます。

村松俊孝(商3)より紹介を預かりました守沖奨真(商3)です。よろしくお願いします。

最近では深夜に突然インターホンを鳴らされることも少なくなってきて安心していましたが、村松のブログを読みそこで初めて次に自分に回ってくることを知りました。何事も事前に連絡をしてほしいと願うばかりです。


さて、僕も思いのほか早めに、しかも突然にブログリレーが回ってきてなにを書こうか悩みましたが、ここでは僕がこれまでラクロスを通して強く感じたことを書こうと思います。


僕は幼少期の頃からサッカーを始め大学ではラクロス部に入りましたが、そのスポーツ人生の中で1番苦しんだことは「怪我」でした。ラクロス部に入ってからも何度か怪我を繰り返し、1番辛かったのは去年の夏頃から発症した椎間板ヘルニアでした。半年以上練習に参加できない日々が続き、毎朝なんのために田辺坂を登っているのかがわからなくなる時がありました。みんながどんどん成長していき自分だけが取り残されていくような焦りに襲われたことを覚えています。

それでも、すぐるさん(現MDリーダー)と「このままプレイヤーを続けるか、それとも別の選択肢を選ぶか」という面談を行った際に強く感じた「プレイヤーを続けたい」という気持ちは、自分で言っときながらとても勇気をくれるものでした。

完治はしていませんがいまでは怪我から復帰し、練習に参加をしています。今年の初めに陰ながら自分が立てた目標は「1日でも早く復帰をし、プレーをすること」でしたが、それが叶った今、つぎの目標ができました。


「チームに尽くす」

先週行った関東遠征では自分はまだまだチームに貢献できていないし、反省点ばかりで悔しい思いをしました。それでも尊敬する先輩方に対しなにか返せるものがあるのなら返していきたいし、仮想リーグで少しでも力になれよう全力でプレーをする。結果は目に見える形で現れはしませんが、今年が終わった時に自分の中に達成感があるよう尽くしていこうと思います。

また、部活動を通し様々な経験を経て、自分の「感情」を揺さぶられながら、少しでも人間的に成長していけるよう日々精進していこうと思います。


最後にこの場をお借りして、なかなか会うことはできないけどいつも支えてくれている父と母へ。「20代はいかに親がすごいのか、改めて知る時期」と聞いたことがありますが、一人暮らしを始め部活に入るとそのことを深く実感します。お父さん、お母さんのおかげで、幸せで楽しい日々を過ごせています。本当にありがとう。


拙い文章ではありましたが、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

次は高校時代の問題児ぶりを大学でも余すことなく発揮している近藤君(政策3)に託したいと思います。

部活一熱い彼がまだブログを書いていないことには驚きですが期待しましょう!

こんちゃんよろしく!


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